『あるところに、3人のシェフが営むレストランがありました。3人は言葉の通じない外国人同士でしたが、互いに切磋琢磨しつつレストランを切り盛りしていました。
さあ、今日もちょっと困った注文をしてくるお客様方がご来店。
彼らを満足させて最高のシェフを目指そう!』
ボードゲーム「最高のシェフ」のパッケージの底には、そんな紹介文が書いてある。
(なんで外人設定なんてあるわけ?)
そんな疑問を感じつつ、葵はテーブルの上に視線を戻した。
裏向きの山札が4つ。緑色の『お客様』。茶色の『食材』。水色の『注文』。無表記の黄色と赤の縞模様の山札。みかんは更に、『お客様』の傍にパステルカラーの丸いボードを3枚置いた。
各々の手元には木目調のボードと星形の駒が一つ。ボードの中央にはカード置ける枠が5つあり、上端には1から10までの数字が入ったマスが一列に並んでいる。
「はい、これも自分の持ち物ね」
オレンジが折り紙サイズの厚いカードを差し出してきたので受け取る。文字とイラストがびっしりと並んでおり、タイトルに『レシピ表』とある。


「よし、これでゲームに必要なものはそろったわね」
「じゃ、手札を配っちゃいますか」
オレンジは『食材』の山札を手に取る。カードの中身を見て、しかめっ面になった。
「うわ、全員分混ざってるよこれ」
「前に遊んだ人が、ぐちゃぐちゃのまま仕舞ったのね」
「俺こういうの、やなんだよなー。次に遊ぶ俺らの身にもなれっての」
はあ、とわざとらしく溜息を吐くオレンジ。別のテーブルに食材カードを並べ、みかんと二人で何やらえり分け始めた。
葵はそれを、座ったままじっと眺めていた。
手伝わなくていい、なんて思ってはいない。ボードゲームをする時はいつも、準備も片付けも父親と一緒にやっている。
ただ、今回の相手は見知らぬ人達だ。「何かやります」なんて声を掛けるだけで緊張する。しかも、見るからにカップルっぽい2人が手際よく進めている中に入っていく気になど、とてもなれない。
申し訳ないような、居心地悪いような、そんな気持ちで待っていると、はい、と目の前にカードの束が差し出される。
「まずブルイちゃんから。これ君の食材カードね」
「は、はい・・・」
小声で受け取る。山札全体の4分の1くらいだろうか。葵は裏向きの食材カードの束をじっと見ていた。
(これって中身を見ていいタイプなのかな?)
可能なら、なるべく把握しておきたい。ルールブックを確認しようとすると、みかんが声を掛けてきた。
「あ、見てくれてもいいよ。食材カード、内訳はみんな一緒だから」
そういうことならと手に取った。結構な枚数がある。手の中で広げて見ようとすると、はずみでバラバラ落ちてしまいかねない。テーブルの上に広げることにした。

その名の通り、カードの中身は食材だった。トマトやタマネギなどの野菜のカード、牛・豚・鶏の肉類のカード、パン、米、パスタなど炭水化物。チーズや牛乳などの乳製品。さらに、お酒やソース、スパイスといった調味料の類まである。
(あ、海鮮はひとまとめなんだ)
魚や、イカ、貝などに分類されずに『魚介』と1枚のカードの中に収まっている。
ざっと見終えたのでカードをまとめてテーブルの上に戻す。そうしている間にみかんとオレンジの分の食材カードも揃ったらしい。余った4分の1はパッケージの中へ入れられた。使わないということだ。
「見れた? じゃ、裏向きにしてシャッフルしてこっか」
みかんに促され各々が自分の食材カードをシャッフルする。そして、木目調ボードの5つの枠に、表向きにして置いていく。
(・・・28,29,30)
カードは全部で30枚あった。よって、枠1つにつき6枚のカードが縦に重ねて置かれている状態である。
「これで準備は完了。ルール説明に入りましょうか」
「このゲームの目的は、私達シェフがお客様の為にご馳走を作ること!」
「そうそう。これが、」
と、オレンジが木目調のボードの30枚のカードを指す。
「自分だけが使う食材。んで、あの皿に乗ったらご馳走になる」
皿と呼ばれたのは、お客山札の傍の丸いボード3つ。木目調のと同じく、カードを置く枠もちゃんとある。
なるほど、ボード内に円があるし見た目からして確かに皿だ。てことは、と葵は手元の木目調ボードを見た。もしやこっちは、まな板だったりするのだろうか。
「まあ、順を追って説明するね。私達シェフがこのゲームでやることはたった1つ。お客様の注文通りのご馳走を作ること」
「この皿が、お客様の食べる皿なんだ。3枚あるだろ? だからお客は3人いる」
葵に向かって指を3本立てるオレンジ。それに応えるように、みかんは緑のお客山札からカードを3枚引いて、1枚ずつ皿の横に並べた。
モノクルを掛けた老紳士、パーマをかけたおばさん、三つ編みの少女。
(・・・)
それぞれの顔の下に何やら文字が書いてある。だがまだ説明がありそうなので、一旦読むのはやめておくことにした。
「このお客さん達が、それぞれ注文をしてくるんだけど。それがこのカード」
みかんは、水色の注文山札から1枚ずつカードを引いて客の横に置く。
老紳士の注文は『魚を使った料理が食べたい』。
おばさんは『スープが飲みたい』。
少女は『私、野菜しか食べません』。
「へえ、このおばはん、デブの癖に注文がえらく慎ましやかだな。こっちの子も、なんか親に良くないことを吹き込まれて育ったんかね。子供のうちから肉を食べないのって絶対良くないと思うんだけどな。そう思わない? ブルイちゃん」
(・・・いきなり話振られちゃった。どう返せばいいんだろう)
とりあえず曖昧に頷こうとした時、みかんがチッチッチと指を振った。
「ほらほら、茶々を入れない。で、これでお客様の注文が分かるから。それに応えられるようにこんな風に」
と、自分の食材カードを皿の枠に持っていく。
「まな板からお皿の上に乗せる。プレイヤーがやることはこれだけよ」
(やっぱ、まな板だった)
「一度お皿にのせた食材は使って終わってなくなっちゃうの。このゲームの大まかな目標は、自分の食材カードをどんどん使って減らしていくことよ」
なるほど、やるべきことは見えた。
「ただね、ご馳走の作り方とか、食材カードの出し方とか細かいルールがまだまだあって・・・」
ーー
ルール説明が終わり、いよいよ本番に入る。テーブルの中央にはお客が3人。
魚料理が食べたい老紳士。皿にはカードを置く枠が4つ。
スープが飲みたいおばさん。皿の枠は5つ。
ベジタリアンの少女。皿の枠は3つ。
葵らシェフのまな板の上には5×6枚の食材カード。手元にはレシピ一覧カード。
「用意はいい? じゃあゲームスタート!」
5列の食材カードの一番上にあるのは、左から豚肉、トウモロコシ、ニンジン、トマト、魚介。
葵はレシピ一覧に目を走らせる。
(この5つを使った魚料理か、スープか、野菜だけのやつ・・・)
レシピ一覧には、どの食材同士を組み合わせれば何のご馳走になるかがびっしりと書かれている。
〈豚肉+パン+トマト+レタス=ハンバーガー〉。これは魚料理でもスープでも野菜だけでもないからダメ。
〈タマネギ+パン+ブイヨン+チーズ=オニオングラタンスープ〉。おばさんの注文が叶うスープだ。けれど、今の葵にはこれらの食材がない。
(うーん、何かないか何かないか・・・あっ)
見つけた。
〈トウモロコシ+牛乳=コーンポタージュ〉。
葵は今、トウモロコシを出せる。
(問題は牛乳だけど、牛乳のカードは今どこに・・・あった!)
牛乳は魚介のカードの下にあった。

『食材カードは、上に置いてあるものから順番に使っていくルールね!』
つまり、魚介のカードさえ使えば牛乳も使えるようになるのだ。
(よしよし。じゃあ次、魚料理のレシピを探しておくか・・・)
「お、ナイス!」
元気の良い声に、弾かれたように顔を上げる。既に皿の上に食材カードが置かれていた。
おばさんにブイヨン、少女にトマト。
いつの間に。集中していてまるで気づかなかった。
「じゃあ俺から、おばさんにパン。タマネギもおばさんに。んで、その下のトマトをじーさんに。その下のチーズはおばさんに」
「! じゃあ、このレタスを女の子にあげて、その下のお酒をおじいさんにあげようっと」
呆然とする葵の前で、どんどんカードが置かれていく。
『このゲーム、アクションっぽいところがあって。お皿の上にカードを置くの、早い者勝ちなの』
とは聞いていたが、まさかここまで早いとは。
3枚の皿はもう、半分以上枠が埋まってしまっている。
老紳士の皿には、トマトと酒。残り2枠。
おばさんには、タマネギとパンとブイヨンとチーズ。残り1枠だが、後で確認したところ、これでオニオングラタンスープの完成だった。
少女の皿にはトマトとレタス。残り1枠。

『だから、自分が作れるレシピを見つけても、既に人が置いたカード次第でそれがおじゃんになることもあるんだな実は』
今まさにそういう事態に直面している。最早、やっと見つけたコーンポタージュをおばさんに提供することは叶わない。
「ふん」
いっぱいカードを減らせて満足そうに笑うオレンジ。
「あ、ニンニクをおじいさんにあげなきゃ」
忘れてた、というように老紳士の皿に置くみかん。
不意に、彼らの目が動けない葵に向けられる。
「ほらブルイちゃんも置かなきゃ。さか」
「しー。口出しは禁止よ。そういうルールでしょ?」
『プレイ中は、自分が出すカードの宣言しかしちゃダメ。私オムライスを作る、とか、あなたが玉子出して、とか言っちゃダメよ』
「あ、そっか。俺毎回やってんな」
「もう、何のために言葉の通じない外人設定があるのよ」
(何この状況・・・)
葵は機械的に魚介カードを手に取った。
「魚介をこの紳士に・・・」
老紳士は残り1枠。なんのご馳走になるかは分からないが、魚料理が食べたいというのならそこに置けるカードはこの1つだけだ。
続いて少女の皿を見る。
(あの子はトマトとレタス・・・あ、これか、サラダ)
〈トマト+野菜2種=サラダ〉
2人が想定しているのはこれだろう。じゃあこれしかない、とニンジンを手に取る。
「ニンジンをこの子に・・・」
「よおおし、お客全員分クリア!」
「じゃあ、評価フェイズ行っちゃおー」
イエイ、とでも叫びそうなテンションのみかんとオレンジ。葵は、いまいち量が減らなかった己のまな板を見てがっくりと肩を落とした。
カードを置き終えるまでが調理フェイズ。ここから先は評価フェイズとなる。
評価フェイズでは、文字通りシェフを評価する。具体的に言うと、各シェフの貢献度を測るのだ。
まず、各皿に置かれた食材カードをチェックする。
食材カードには、右上の端に小さい丸印がある。これは、各プレイヤーが持つ星形の駒と同じ色になっている。葵は青、みかんは赤紫、オレンジは黄色。
つまり、誰がどの食材カードを皿に置いたのかを識別できるということである。
老紳士の皿の上には、魚介、トマト、酒、ニンニク。
「魚介がブルイちゃん。トマトがオレンジ。お酒とニンニクが私」
「じゃ、この老紳士はみかんのとこに」
基本的に、皿にカードを一番多く置いたシェフがそのお客から評価される。評価されれば、特典が与えられる。今回の場合だと、みかんに。
おばさんは、タマネギ、パン、ブイヨン、チーズ。
「俺だな。ブイヨンだけみかんで、あと全部俺だから」
少女は、トマト、レタス、ニンジン。
「トマトとレタスが私から。これも私ね」
「みかんがお客2人ゲット。俺が1人ゲット。ブルイちゃん、どんまいっ」
「こら、いちいち言わない」
「・・・」
「んで、このおばさんは俺に何をしてくれるんだ? えーっと」
カードをのぞき込むオレンジ。顔の下の文字を読んでいるのだ。
「『星が1アップ』か。うん、まあいっか」
「私も、女の子の方は同じ。『星が1アップ』」
2人は、まな板に乗った星駒を1から2のマスに進めた。
『このゲームの勝利条件は、食材カードを一番最初に使い切ること。もしくは、星の駒が10に到達すること』
『星は、シェフの魅力度みたいなもんだな。3つ星レストランとか、4つ星ホテルとかよく聞くだろ?』
「これで評価フェイズ終了! ・・・てな要領だけど、ここまでで1ラウンド。これを、誰かが勝つまで繰り返していく感じね」
「はい・・・」
葵は頷くと、無言で天井を見上げた。
(結構疲れるかもなあ、これ)
葵は普段、長考できるタイプのゲームを好んでやっている。駒を動かしたりカードを出したりできるのは、一人で静かにじっくり考える時間があってこそだと思う。
こういう、スピード重視のアクションゲームはやらないし自分の性格に合っていないのだ。
「一発目からまあまあ減らせたな。星も上がったし、マジであのブイヨンに感謝だわ」
「でしょ。でもオレンジが、アクアパッツァに行ってくれたのも助かったわよ。お酒って割と扱いに困るから、さっさと使えてラッキーだった」
葵を他所に盛り上がるみかんとオレンジ。
オレンジは4枚置いていた。みかんは5枚も。葵は、2人が決めたレシピに沿って2枚置かせてもらっただけ。
(・・・)
2人は前にもこの「最高のシェフ」をプレイしたと言っていた。だからレシピがある程度頭に入っていたというアドバンテージはあるだろう。
(でも何より、2人が仲良しだから・・・)
だから、言葉を交わすまでもなく息ぴったりにカードを出し合い、無事に料理を完成させることができたんだと思う。
そう、みかんとオレンジは仲良しだ。そして取り残されている葵は一人ぼっち。
ーつい最近までは、葵だって「仲良し」の中にいたのに。
そこまで考えたところで葵はぶんぶんと首を振った。考えちゃいけない。もう考えたって仕方のないことなんだから。
「? ブルイちゃん、どうしたの?」
「ははん、さては気合入れてるな? その調子、切り替えてこーぜ!」
「ちょっとオレンジ。・・・まあ、やってたら慣れるからね。じゃあ、2ラウンド目行こうか!」
葵の心中など知る由もない2人は、皿の上の食材カードをパッケージに仕舞い、再びお客と注文の山札に手を伸ばす。
「この調子で、お客全員クリアしてこうな」
「何よ、フラグ?」
「に決まってるだろ」
オレンジは茶目っ気たっぷりにテーブルの隅を見た。
未だゲームに影一つ及ぼさない、赤黄の縞模様の山札を。
※作中に登場する「最高のシェフ」は架空のボードゲームです。

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