バレンタインデーなんて興味ない。
スーパーで山積みにされたチョコも、ショッピングモールのキラキラの飾りつけもどうだっていい。朝の会の前に同級生が、カバンの中を見せ合いながらヒソヒソ笑ってても、バカみたいって思うだけ。
でも中1の2月14日。私はついに負けちゃった。その日はなんだか退屈で、気分転換のつもりで何となく。
学校からの帰り道、駄菓子屋でチョコを買った。50円の、お札サイズの板チョコ。「はい」とだけ言って渡した。隣を歩いてたアイツに。
「どしたの?」
「あげる」
「えっなんで」
「今日そういえばバレンタインじゃん? どうせ一個も貰えてないんでしょ? 可哀そうかなって」
「えーありがとう」
その場で赤い包みと銀紙を破るアイツ。あーんしてかぶりつく。口の中で板チョコが割れる音がバリバリ響いた。
あっという間に半分なくなった。じっと見てたら、突然「はい」と差し出された。
「半分食べる?」
「いや、いらない」
ばりっばりに歯形の付いたチョコなんて、欲しいわけないじゃない。
「えーなんか悪いな」
「別に良いし」
「でもこれ、好きじゃなかったっけ? ちっさい時」
そうだっけ。最近あんまり食べないから忘れてる。
「よく買ったじゃん、スイミングの帰りとか」
「あー・・・そうだったかも」
アイツは赤い紙の裏のシールをめくった。
「あっざんねーん、ハズレ」
「そういえばあったね、当たりとかハズレとか」
当たったら、もう一個もらえた。二人でどっちが多く当たりを引けるか、競争したっけ。
「懐かしいよな」
「まあね」
私はハズレばっかだったけど、コイツ、「あげよーか」とか言ってよく譲ってきたんだよね。
「あーうまうま」
アイツは残りを食べ食べ、うんうん頷いていた。
「大げさすぎ。ちっさい子向けのチョコじゃん」
「でも、思い出の味じゃん。二人だけの」
そう言って無邪気に笑うアイツの顔に、ドキッとしたのは多分気のせい。
「そう思うとさ、なんか楽しい気分になるんだよ」
「知らないよ、そんなの」
首元を吹き抜けるほんのり温かな風。
そういえばもう、春先なんだっけ。
またあげてもいいかな。幼馴染からの義理チョコくらい、別に良いよね。
納得したから私は百均へ行く。星マークの入った黄色いラッピング袋と、チョコタルトのキットを買った。簡単って書いてあるから多分失敗しない。
キューブ型のチョコレートを、お湯で溶かしてミルクと混ぜて、タルトに流し入れて冷蔵庫で冷やすだけ。確かに簡単。
なのにちょっと失敗しちゃった。どれも表面がちょっとぼこっと出てる。銀色のつぶつぶも上手く散らばってない。
まあでもいいか、義理チョコだし。
次の日、ちゃんとチョコを忘れずに学校に持って行った。朝の会、授業中、終わりの会、と先生にバレないかヒヤヒヤしたけど大丈夫でほっとした。
放課後、アイツのクラスに行く。ドアの前で足が止まった。
女子が二人、アイツに話しかけてた。何かラッピングのようなものを渡して出て行く。「最近、なんか彼かっこいいよね」「ねー」とか言いながら。
「あ、来た。帰る?」
アイツの方から声を掛けてきた。見つかっちゃった。
何故かそんな気持ちになったけれど、思い切ってアイツの机の前まで歩いて行った。
「これ」
渡したけど、しまったと思った。
ベージュの紙袋に赤いリボンを通してメッセージシールまで張ったやつ。持ち手の付いたカラフルな花かごに組み立ててあるやつ。机の上の二つのラッピングはもっとオシャレでかわいい。
「ありがとー。すげー、チョコタルトじゃん」
のんきなアイツはタイを解いて中のタルトをつまんでいる。
「うまー」
「・・・ねえ、何貰ったの?」
「なんだろ。見てみるかー」
姿を現したのは、パンダの顔の白黒クッキーとマーブルパウンドケーキ。手作りなんだろうけど、私よりちゃんとしててかわいい。
「めっちゃ見るじゃん。食べたい?」
バカ。そんなんじゃないのに。
「じゃあ今からお菓子パーティーな。クッキー5枚かあ。パンダ好きだっけ? 3個食べていいよ」
破った紙袋にのっけて差し出してくるアイツ。ウキウキしてるのを見てると、まあ・・・いいかって気持ちになってくる。
・・・来年はガトーショコラとかやってみる?
ポカポカした太陽に照らされながら、二人だけのお菓子パーティーはあっという間に終わった。
遅い。そう思い始めた頃に、アイツが建物から出てきた。声を掛けると、手に持ってたアレコレをリュックに詰め込んで駆け寄ってくる。
多分、同じサークルの後輩がくれたんだと思う。袋で分かったけど、大学の近くにある小さいお菓子屋さんのやつだね。私も高校3年の時だけ利用したっけ。まあまあかわいいよね、あそこのカップケーキ。
「ごめん、お待たせー」
「もー遅い。予約したのに無駄になっちゃうじゃん」
今、私がアイツと二人で行くのは百貨店の九階だ。エスカレーターで上がって上がった先のレストラン街。夜景が見えるおしゃれなカフェを予約している。
「ラズベリーホットチョコと、マシュマロ乗せホワイトホットチョコですね。合計1200円です」
「1000、200円っと・・・」
「カードで」
そう言ってアイツが速やかに決済したのでギョッとした。
「なにしてんの」
「払ったよ」
「なんでよ。今日は・・・」
「いいじゃん、別に・・・」
そう言って視線を逸らすアイツ。頬が赤く見えるのは寒いから?
いけるかも、そう思った。
テラス席に向かい合って腰掛ける。マグに盛られたホイップクリーム、ミルクチョコの”Happy Valentine’s”のメッセージ。ピンクのハート型のマシュマロ。窓の外の夜景。おしゃれで、大人っぽい。
思い切って口を開く。
「私と」
「付き合ってください」
「はい・・・ってえ?!」
またしてもギョッとした。手の中でマグが揺れ、ピンクのハートがこけた。
「ちょっと、なんでよ。最後まで言わせてよ!」
「やっぱ合ってたー。けど良かったー」
「こっちは良くないんですけど!」
「いいじゃん、息ぴったりってことで」
「もういい・・・。・・・いいよ」
その後どんな会話をしたのかあまり覚えていない。
ただ店を出た時、心臓がものすごくポカポカしてたのだけ覚えてる。
初めて飲むホットチョコはとってもとっても温かかった。
カバンの中のチョコはすっかり冷え切っている。外はものすごく寒かった。
帰宅した私はカバンの口を開け、赤い紙の板チョコを取り出してテーブルの上に置いた。
一枚、二枚、三枚・・・。
「こっちは準備始めてるよ」
キッチンからアイツが顔を覗かせる。エプロンに三角巾までしちゃって。まあ、さまになってはいるけど。
パン切りナイフを持つアイツの横で、私は板チョコを刻んで生クリームと一緒に小鍋で煮込んだ。滑らかになったところで火からおろす。
テーブルにはすでに、食べやすい大きさのバゲット、イチゴ、ポテトチップスと何故かふかし芋を乗っけた皿が置かれている。
小鍋が加われば、いよいよチョコレートフォンデュの始まりだ。ソファーに腰を下ろすと、アイツも座ってぴったりと体を寄せてくる。
パンダ模様のブランケットを私の膝に掛けてきた。私へのプレゼントだけど、特別にアイツにもかかるように寄せてあげた。
あったかい。
「うまそー」
「ねえ、ホントにこんなので良かった? もっとオシャレな店とかさ」
「これがいいんだよ」
「でも、手軽過ぎない?」
「いいのいいの。ほら、食べよ」
アイツはディップしたイチゴを近づけてきた。口元に寄せられたそれにぱくっと吸い付く。
絶対甘くて美味しいイチゴ。そんな期待をしてたのに。
「あっつ・・・」
「あっごめん、やけど?!」
「そこまでじゃない・・・」
けど、熱かった。チョコレートはかなり熱かった。
「ごめん」
「いいよ、別に」
ほくほくとチョコがけイチゴを食べる私。
熱くて、とろけてて、甘い。
駄菓子屋のチョコ。50円のチョコを溶かしただけの、二人で一緒に食べるチョコフォンデュ。
「うまいなー」
もぐもぐ。
「うまい? 俺のふかし芋うまい?」
もぐもぐ。
しつこいから、さっきのお返しとばかりにチョコチップを突き出した。パリパリと食べるアイツ。
「幸せだな。めっちゃ楽しいな今日」
幸せ?
楽しい?
そりゃそうでしょ。
なんたって今日はバレンタインデーなんだから。

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