それぞれの白い一日

3月13日。PM10時。

某団地にて。

百均とスーパーで買ったものを冷蔵庫に入れる父親。

トーク履歴と予約完了メールを行きつ戻りつニマニマする長男。

書き終わったメッセージカードにラメを貼り付ける次男。

リビングで互いの姿を認めた三人は、目線だけ交わして明日の健闘を祈り合った。

AM7時。

エプロンをして三角巾をつけた父親がキッチンに立っている。彼がシンクの洗い物を全て片付けたその時、階段を下りてくる音がした。

「あれ、あなた?」

「パパ?」

「やあ二人とも、ちょうどいいところに。今日は何の日か覚えてるかな?」

パジャマ姿でリビングに足を踏み入れた母と末の息子は、テーブルの上に乗ったそれに目を見開いた。

「わっ、パパすげー」

「えっ、もしかしてお返し? えっ、あなたこれ、朝から作ったの?」

「そうだよ。あ、こらユウヤ」

父親は、さっさとテーブルに向かって手を伸ばす幼い息子を抱え上げた。

「だーめ、ママが先だよ」

「えーなんでー」

「これはパパからママへのお返しだからさ。バレンタインデーのね」

「ばれんたいんでーってなにさー」

不貞腐れる息子をあやしながら父親は母親に促す。

「さぁ召し上がれ!」

アラザンや刻みイチゴがちょこんと乗った、白いカップチョコレート。溶かしたホワイトチョコを型に入れて冷やしたシンプルなものだが、口に入れればとろけるほど甘くて美味しい。

たくさんあったそれは、結局母親に譲られるまま多くが幼い息子の口に収まった。

年長の息子二人が起きて来たのはもう1時間も後のこと。大量の銀紙のゴミを前に、父親はチョコがもうないことを軽く詫びることとなる。

PM1時。

次男は一人、自転車を漕いで住宅街を進んでいた。とある住宅の前まで来ると自転車を止め、アプローチを通ってドアの前まで歩く。

手鏡で髪型をチェックし、左手の紙バッグを一瞥してから彼はドア横のチャイムを鳴らした。

すぐに応答があり、ドアが開いて同じクラスの女子が顔を出す。

「休みの日に、わざわざ家に来てくれるなんて。今度学校で会った時で全然いいのに」

「ははっ、そういうわけにはいかないよ。折角の記念日だから今日でなくっちゃあね」

小ぶりな紙バッグの紐を四本の指でつまんで(残った小指は少し立てている)、そっと差し出す次男。白地にピンクと赤のバラが咲いたそのデザインを知らぬ者はいない。

「えっ、これってあの高級店のやつ?!」

「そうさ、僕から君へ」

「なんか悪いな~。私があげたのって簡単レシピのブラウニーだよ? お返しとして、釣り合ってないって言うか・・・」

「そんなことないよ。手作りだから、特別においしかった。だからこれくらい当然さ。あ、そうそう中にメッセージも入ってるから読んでね」

女子はぽっと顔を赤らめ、おずおずと紙バッグを受け取る。そして、空いている方の手で玄関を指した。

「お茶でもどうかな。その、折角来てくれたんだし」

「ああ、ごめんね。お邪魔したいのはやまやまなんだけど、僕これから用事があってさ」

あと、何軒だったか。

「そっか、こうやって家を回ってるってわけね?」

「ははっ、何言ってんだい。君だけに決まってるじゃないか」

白々しく笑い別れを告げた次男。踵を返すと、再び自転車で道を急ぐ。

自転車のカゴには、まだあと15はバラの紙バッグがあるのだ。

PM7時前。

百均にて絶賛バイト中の長男は、迷惑客に絡まれてぺこぺこと頭を下げているところだった。

「だーかーら! なんでないのかって聞いてんの!」

「しょ、商品の入荷がまだでして・・・」

「昨日も同じこと言ってたじゃない! どーなってんのよこの店は!」

とにかく客の気の済むまで怒鳴り散らされる。頭を下げ続け、客が立ち去るのを待つしかない。同じことが、今日だけで10件はあった。

(でも、耐えてみせるぞ・・・!)

昨夜交わしたメッセージが、へこたれそうになる自分に力を与えてくれたから。

『お店、予約してくれてありがとう。会えるのすっごく楽しみ!』

『俺もだよ』

そう、遠方に住んでいる彼女と一か月ぶりに会えるのだ。お返しのプレゼントは勿論、夜景の見える高層階レストランもばっちり予約してある。

時計の長針が12を指すや否や、彼は一目散にバックヤードに駆け込みユニフォームを脱ぎ捨てた。「今から向かうね」と打とうとしたその目に。

『ごめん、こっち雪やばくて電車止まっちゃった。申し訳ないけど今日会えない・・・』

長男はうつろな眼差しで通話アプリを開く。

そしてレストラン側に、直前キャンセルのことで頭を下げたのだった。

こうして折角の予定は白紙になった・・・が、翌日彼女はタクシーで自宅近くまで来てくれたのだった。ちゃんちゃん。

ちなみにこの日のAM10時のこと。

末の息子は、ドアを開けて団地の共用通路に飛び出した。頭には毛糸の帽子を被り、分厚いジャンパーを着ている。彼は勢いよく隣の部屋のベルを鳴らした。

「トモちゃーん、あーそーぼー」

「ユウヤくんだ! いーいーよー」

同い年の少女がコートを着、マフラーに耳当てまでしてドアから出てくる。二人は階段を駆け降り、団地の前に降り積もった雪に飛びついた。

「雪だー」

「ゆきー」

「ね、トモちゃん。でーっかい雪だるまつくろー」

「そーしよー」

手袋をはめたちっちゃい手で雪を集めて転がして。よいしょよいしょと力を合わせて雪玉を上下に積む。二人とちょうど同じくらいの高さだ。

「おめめ、付けたいなー。あっ」

少女が見上げた木の枝の先に松ぼっくりが二つ。一生懸命手を伸ばすがぜんぜん届かない。

「僕に任せて。えいっ」

木の傍に積もった雪の上に駆け上がって、そこからジャンプ。ジャンパーの袖を擦ったが、見事松ぼっくりをもぎ取って地べたに着地した。

「よし、ゲット!」

「すごーい! ユウヤくんかっこいい!」

少女は目をキラキラさせて見つめてくる。なんだか照れくさくて、彼は俯いたまま松ぼっくりを渡した。

雪玉に松ぼっくりと茶色の葉っぱを押し付けると、にこにこ笑顔の雪だるまの出来上がりだ。

「やった、やった、だるまさんだー」

「やったね! あ、エリちゃん呼んで見せてあげよっと」

「エリちゃん・・・うーん」

彼の別の友達の名前を聞いた少女は、俯いて足元の雪を踏み踏みした。

「急に呼ぶの、メーワクかもよ。やめよーよ。それより早く雪合戦やろ」

「いいねいいね! あっ!」

少女が、パッと足元の雪を拾って投げつけて来た。

「ふらいんぐー!」

「うふふふー!」

ジャンパーとコートを真っ白にして転げまわる二人の子供達。

二人の間に行き交う雪がチョコレートに変わるのは、もう何年か後のお話。

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