退勤した飯田君、リュックを背負って駅の改札を通る。
【飯田君の心の声:
うーさぶ。11月にもなると、流石に冷えるな。自販機でコーヒーでも買おうかな。
いや、いいや。とにかく急げ急げ】
飯田君、階段を駆け下りる。ホームを小走りし、「2号車3番扉」と書かれたホーム柵の前に駆け寄る。
【飯田君の心の声:
よし、まだ誰も並んでないな。先頭なのはラッキーだ。
けど、ここからが問題なんだよな。大体週三日くらいは立ちっぱなんだもんな】
各ホーム柵の前に列ができていく。
五分ほどして、ホームにアナウンスが流れ電車が入ってくる。
【飯田君の心の声:
今日はマジで座りたい。プレゼンでめっちゃクタクタなんだよ、頼むぞー!】
電車が徐々に減速する。
飯田君、2号車の中をサッと見渡す。立っている乗客が4,5人。数か所空席もある。
飯田君、右斜め前に見える空席を凝視する。その空席の前で立っている学生二人組は座る気配がない。
【飯田君の心の声:
あそこ、いけそうだな】
電車が停止する。吊革に掴まっていた乗客の一人が3番扉の前に歩いてくる。
【飯田君の心の声:
えーやめて欲しいな、ここから降りるのは。あの席が取られちゃうじゃないか】
飯田君、ちらりと2番扉前を見る。
先頭に並ぶ女性客、同じ空席を気にしている素振りを見せる。
ホーム柵の扉が開く。
【飯田君の心の声:
ドアが開いたらダッシュだな。あの女の人はスカートだし、本気出せばこっちが有利のはず】
電車の扉が開く。
飯田君、勢いよく車内に飛び込む。
女性客、早足で空席に向かう。二人組の前側から空席に滑り込もうとする。
【飯田君の心の声:
こうなったら!】
飯田君、手を伸ばす。二人組の間にあるつり革を掴む。
二人組、後ろから腕が差し込まれたことに驚く。
飯田君、二人組の間から体をねじ込み体の向きを変える。
二人組、飯田君のリュックがぶつかり左右に身を引く。その後、顔を見合わせてドア横に移動。
女性客、空席を諦めて吊革を掴んで立つ。
飯田君、リュックを前に抱え直し、勢いよく腰を下ろす。弾む座席。
【飯田君の心の声:
いやー座れた。よかったよかった。ん?】
飯田君、右横からの視線に気づく。
右隣に座る乗客、飯田君を睨んでいる。
【右隣の乗客の目:
もっと静かに座れよな】
【飯田君の心の声
自分だって足を組んで座ってるくせに・・・】
飯田君、パッと目を逸らしスマホを取り出そうとしてやめる。なんとなく気になって上を見上げる。
女性客、立ったまま飯田君をじっと見ている。
【女性客の目:
降りる人を待たないなんてマナーなさすぎでしょ。あーあ、折角座れると思ったのに】
【飯田君の心の声:
早い者勝ちなんだからいいだろ、別に・・・】
飯田君、目を伏せかけたがドア横も確認する。
二人組、飯田君の方をちらちら見ては互いに目を見合わせている。
飯田君、リュックを抱える手が汗ばむ。
【飯田君の心の声:
あ、あんな所に立ってるのが悪いんだろ。邪魔なんだよ・・・】
飯田君、目を伏せる。今度こそスマホを取り出し画面に集中する。
二人組、なおも飯田君の方を見ている。
【学生1の目:
なあ、あの人・・・】
【学生2の目:
気持ちは分かるけどさ、言ってもしょうがなくない?】
【学生1の目
で、でも言わなくていいのかな。だってあの席には・・・】
【学生2の目:
もう遅いって。絶対、座った時に潰したよ、カメムシ】
飯田君、スマホで動画を見ている。
動画タイトルは「アロマテラピー~自然の香りを楽しもう~」。
〈登場人物〉
〇飯田君
社会人三年目のサラリーマン。
この日は取引相手へのプレゼンがあったため、一張羅のスーツを着用していた。
〇女性客
三十代半ばのキャリアウーマン。
〇右隣の乗客
ラフないでたちの中年男性。
〇二人組
大学生。
〇その他乗客


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